剣道の昔の雑誌をいただいた。
打ち込み練習台なるものの広告があった。
杖道でも引落打、逆手打の練習機があったらいいのになあ。
と、かつて引落打ち練習機『ウテル君』を開発したワタシは遠い眼になりました。
会員さんのひとりはなんと、何でも屋さんを1、2時間雇って打ち込みの練習をしていたという。
それぞれ、多様な発想がすごいなと思う。
剣道の昔の雑誌をいただいた。
打ち込み練習台なるものの広告があった。
杖道でも引落打、逆手打の練習機があったらいいのになあ。
と、かつて引落打ち練習機『ウテル君』を開発したワタシは遠い眼になりました。
会員さんのひとりはなんと、何でも屋さんを1、2時間雇って打ち込みの練習をしていたという。
それぞれ、多様な発想がすごいなと思う。
仙骨を立てるようにすると腰痛の頻度が減り、すこぶる調子が良い、と一年半前に書いた。
しかし気づいただけでは何の意味もなかった。
居合の先生に「腰が抜けている」と言われている。初めは意識していても、鞘離れをした次の瞬間あたりから、切ることにとらわれ丹田に意識を集中することなんぞすっかり忘れているのだ。
そこで、一日にいちどくらいは座卓に正座で食事をとることにしてみた。
やはり、最初のひと口、ふた口めはばっちりと姿勢を保てている。食べ物もすうっと食道を落ちてゆく。いいぞ。大腿筋も鍛えられている。が、悲しいかな気が付くと腰がまるまっている。腰をたてる、丸くなるの繰り返しで食事を終える。
それでもまったく正座をしないよりはましだ。腕で切るのではなく丹田で切ることの感覚もわずかながら掴めてきた。
子供のころは朝晩座卓で食事をし、トイレは和式で、週に一度はまるまる一時間正座で習字をしていた。膝をいたわりながら、正座生活をほそぼそとでも続けていき、技に活かしていきたい。
理論と実践は不可分である。
人生6ケ所目の整形外科。そう、幸せの青い鳥はいちばん近くにあったのだ。
2時間の待ち時間の間で私は、いちばんつらいのは、鎖骨の中央と耳のまわりであることをつきとめた。腕があがらないのだけれど、痛みのポイントはその二か所であることに、今の今まで気が付かなかったことに我ながら驚いた。そして、腕はまっすぐならゆっくりと上げられるけれど、斜め上には上げられないということもつきとめた。
肩が痛い。首が痛い。寝違えたかな? いっこうに治らない。
筋肉痛も治るのに時間がかかるようになってきちゃったもんな、と様子をみるも、良くなる気配がない。それどころかどんどんひどくなるばかりだ。
痛み発症から4,5日後には、腕が肩から上に上がらない。痛くて上げられないのと、物理的に上がらない。おまけに頭痛がひどくなる。首も肩も腰も痛い、なんなら太ももや足首まで痛い。
審査会や大会に出るときには、色落ちのしていない道着を着用することが推奨されている。洗濯物がよく乾く季節のうちに、余裕をもって道着を新調しておこう、と武道具店に赴いた。
ベテランのおかみさんが、二代目Webマスターの姿をみるだけで、ピッタリのサイズをすすめて下さる。さすがである。もう高段者といってもいい領域だしと思い、ちょっとグレードの高いものを求めるも、在庫がなかった。染屋さんが廃業されていき、品物不足だという。いつもの道着を購入する。割引してくださり7,00円ポッキリである。
るんるん気分で店を後にすると、近くの立ち食いそば屋さんに行列ができている。普段は行列に並んでまで飲食店に入ることをまったくしないのだけれど、思わず吸い寄せられて並んでしまう。
正解だった。もり蕎麦600円、極上のつゆ。食し終えて蕎麦湯を足して味わうと香りがさらに立ち、極上の上をゆく。そば湯の熱によってみりんに含まれるアルコール分が揮発する作用なのだろうか。原材料も極上かつ、ご主人の熱意も超極上である。いちげんさんの私にも情熱がびしばしと伝わってくるのだ。
惜しむらくは、10月いっぱいで閉店とのこと。
また、どこかで再開する希望的予感を抱いている。
さあ、審査に向けて頑張ろう。
不覚にも熱中症になってしまった。
急に夏日となった土曜の昼下がり、思い立って鉢植えの植え替えをして、ついでにと草むしりにとりかかった。
悪い性分である。いちど始めると止まらないのだ。欲望のおもむくままに、あちらもこちらもと草をむしる。休憩も水分もいっさいとらず、長袖長ズボン帽子にマスクのいでたちで2時間、夏至の強烈な照り返しを一身に受け、地面に這いつくばり雑草を抜いた。
田植えをした。中年になって人生初めての田植えである。ワクワクする。
足だけでなく全身浸かりたい衝動を何度も抑えて苗を植えていく。横一列に参加者が並び、後ろ向きに移動していく。自分の足があった場所に穴があく。それを埋めるのに、手ではなく足でやってみた。猫足立ちだ。いいぞ。
そして、手に持った苗がなくなるとトレーの所まで取りに行くのだが、これまた足が泥に埋まりひと苦労する。横一列を作るために田んぼの両端に紐を持った人が作業を見守って(見張って?)待っているのだ。
ううむと思いナイハンチで移動してみる。いいぞ。抜き足も差し足もスムーズだ。ズボッ、ペチャッではなく、わりとサクサク移動できる。疲れるけど。
持病の腰痛が作業中に出ないか不安だったのだが、基本ナイハンチ立ちで苗を植え、泥をならして穴を埋めるのは猫足立ちで行い、移動はナイハンチで横移動と、空手の立ち方が非常に役に立った。腰痛のよの字も出ない!
農作業と武道の体遣いは同じものがあるとよく聞く。おそらくクワで土を耕したりするときも、身体に負担をかけないで有効な道具遣いが長時間可能なのだろう。
悲しいかな私はそれをしたことがない。
農作業と武道のどちらもが、現代ではわざわざお金を払って、時間と気持ちのゆとりがなければ体験することができなくなっている。明治維新以降徐々に、太平洋戦争後は急激に?
着物や履物しかり、トイレや清掃しかり。日常の中でしぜんと丹田を鍛える機会が減らされている。この日は参加者数十名で一反七畝(いったんななせ)を植えた。平米や坪でない、昔ながらの面積の単位がわからないことも実感した。まずいぞ、日本。取り戻せ、日本。
テーマを戻そう。
手植えの田植えには空手のナイハンチが有効だ!
そして猛烈に腹が減るのだ!
友人のお連れ合いが春スキーに行き、写真をSNSにあげていた。青い空に白いゲレンデ、開放感いっぱいの景色、スキーウェアに身を包みヘルメットにゴーグルの姿。
友人はゲレンデマジック(笑)と謙遜していたが、やはりカッコいい。
若かりし頃、タイのサムイ島でスキューバダイビングのオープンウォーターライセンスを取得した。5、6歳上の日本人経営者が指導してくれた。バックパッカー宿を借り上げ和気あいあいとした雰囲気で、こんな世界もあるのかと感嘆した。
帰国してしばらくして、その彼が東京に来るというので当時の仲間たちと会うことになった。サムイ島で日に焼けていきいきとしていた指導者は東京の空の下では小さくくすんでみえた。
あれっと思った。
道場で道着に身を包んでいる私はどうなのだろうか。あれっと思われることのないよう精進したい…遅々としてでも前進したい。
『二人の武蔵』というDVDを入手して棚に寝かせていたのを、ようやく視聴した。
ジャジャーン♫
平田武蔵:長谷川一夫
佐々木小次郎:勝 新太郎
夢想権之助:本郷功次郎
岡本武蔵:市川雷蔵
大映スコープ総天然色 今ぞ対決する二人の武蔵の必殺剣!
公開昭和35年
胸が高まります!
雷さま!
若い勝新!
切れてる間合い!
素晴らしい体さばき!

稽古に励むビギナーさん